気付いたことなど。

 

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ブログを初めて早速なのですが壊れてしまいました。
薬が効きすぎたのか、自殺の”疑似体験”という文字を見て早速試してみたり。
知識がないので効果があったのかどうか解りませんが。

精神科で「君は薬でぼーっとすると自傷に走るタイプだから投薬はやめておくね」って言われたのを痛感します。

ここ2日ほど自己肯定感が皆無になり、
ひたすらイライラする、怒鳴り散らす、落ち込むを繰り返していました。
毒親からの体験を思い出そうとしても全て私の被害妄想だったのではないか、親は間違ってなかったのではないか。
私がどうしようもないクズだから親は厳しく躾るしかなかったのではないか。

ずっとこんな感じでした。
(イライラは収まっていません)

今日一番嬉しかったのは夫がこのブログを読んでいたこと。
もはや興味なしと思われていると思っていたので、少しは毒親育ちのことに興味を持ってくれたのだなあ、と、まずはそこ。
そして前記事に追記した毒親の概念を「間違ってない」と背中を押してくれたこと。
これは”洗脳”を受けてきたアダルトチルドレンにとってはかなり大きいことです。

気圧の低下のせいか午後3時頃まで意識を保てずほとんど寝ていたのですが、そこから調子がよくなり
Twitterを眺めていると色々なことに気付けました。

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むすこを”紛失”する夢見た。親と同居してて親に隠されてた。探す暇を与えられない。
2015/02/26 7:48
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親と住んでて、親と出かけてて、気付いたら息子がベビーカーごといない。上の子のためにも親の為にも急がないといけなくて息子を探しても探してもいなくて諦めるしかない。息子がいないから探して、って言えない。数日間そのまま。息子に持たせていた「証明するもの」が毒母がよくわたしのケータイを→
2015/02/26 8:37
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隠していた引き出しから見つかる。息子を隠しているのは親だと確信する。隠してる、生きてることを知ってるから命がなくなっても慌てないのか、と妙に納得。返してもらう前に起きる……………(白目
2015/02/26 8:38
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色んな恨みと被害妄想が凝縮された夢。
2015/02/26 8:40

自分が見る夢って大体親関係か仕事か学生時代しかないんです。
仕事は必ず働き始め。長く働けたことがないため。自己肯定感が低いためにすぐ自分は必要ないと思い怖くなって辞めてしまう。
学生時代は必ず卒業か入学してます。
高校に通えなかった、卒業出来なかったことが自分の思ってる以上にコンプレックスなんだなぁ、と初めて思いました。

子を産んで2年半ですが、子供が夢に出てきたことは2回ほどしかなく、いつも恐ろしいぐらいに存在が消されている。
今は子供のこともものすごい不安に思っているということなのかな。

(因みに夢占いは信じたくないタイプです…)

次に解毒を始めて色んな方のツイートを見て感じる違和感。
幼少時はむしろ親が間違っているのを理解してたのではないかな、と思います。
だから常に反発してたのかも知れない。それが更に厳しい躾に繋がった。
年をかけて30年近く経った今やっと”親が世界”というものが確立したのではないかな、と。

 

最近になって初めて親が世界ということに気付きました。
どうしてこんなに親が怖いんだろうって思ってたけど、そう思うように育てられてるんですよね。感情も思考も全てコントロールされている。

まだ全部読めていないのですが、解毒ノススメさんより「愛着障害」抜粋:愛着スタイル

この抱っこからすべては始まる、の項目で止まってしまっています。
抱っこ自体に少し嫌悪感があり、子供をあまり進んで抱っこ出来ていないということに気付きました、理由は解りません。
想像通りあまり抱っこされていないのか、毒からのべたべたした都合のいいときのみ機嫌を取るように体を触ってくる一方的なコミュニケーションが嫌だったからか、あまり「目的(?)」のない肌の触れ合いが苦手だったりします。
と、最近気付きました。

毒親関係などこういうものを読めば読むほど子供としての視点ではなく今現在母親としての視点で読んでしまい
情緒の発達に一番大事な時期に病んだり大事に出来なくて、わたしはむすめの人生を奪ってしまったのではないかと落ち込みます。
でも、どうしようも出来ないんです。焦ります。

インナーチャイルドを癒すのが先なのか、でも子供にとって情緒の発達に大事なこの瞬間は今しかないので、自分自身の問題など後回しにしてひたすら我慢するしかないんじゃないか。

そう思ったところで、ああ、わたしは我慢してるから爆発するんだな、とも気付きました。
(ただし解決策があるわけじゃない…。)

うーん、長い。全然まとめきれない。

そしてたまたまRTでまわってきた「子供にとっての親は絶大、本能的に愛しているものだから、信じて欲しい」という内容。
罵声を浴びせながら子供に嫌われる不安からまたべたべたしてみたり、態度に一貫性がない。
その態度に子供は困惑する。
わたしの母親はまさにこんな感じだったし、わたしも今まさにこんな感じです。

子供を産もうと決めてから「何があっても子供の言うことを信じる」とACであることは無自覚に思っていたのですが
愛情を信じる、という発想はありませんでした。
わたしは始めからむすめの愛情を信頼出来なかった。
だから抱っこを求められても抱っこ求めてる筈がないと思い込んだり(実際抱っこだけで泣き止む子ではありませんでした)
今でもすり寄るような態度をしてしまいます。

残念ながら自分が幼少期にどんな環境で育ったか記憶もなければ、養育者が変わっているので聞くことも出来ません。
連絡をとることは可能ですが、離婚、再婚話は物心ついた頃からタブー視されています。(これも一つの毒要素だな…)

まあ、普通の環境ではなかったんだろうな、というのは確かです。

最後に今日最大の気付きが、
老いた親が弱ってすり寄ってきてる、ということです。
これは完全に介護を求められるパターン。
プライドの高い両親共に介護施設に入るわけがなく、
何をしても大義名分さえあればすぐ業者を追い出したり揉めたりしてしまう親を見ていると、
他人に迷惑かけたくなさに我慢して介護の道を選んでしまいそう…

正直そうなると、弱った親をどうにかしてしまいそうです。

今極端に絶縁するかしないかの2択しかないと思っているのですが、
絶縁しないなら毒になる親の本の最後の方にある「感情を自己でコントロールする術」を身につけなければならなく、それはそれで我慢の連続だよなあ、と思っています。
感情を自己コントロール出来るようになったとしても、介護となると別の話になるのではないか、と。

やっぱりそれまでには絶縁、物理的に距離をとることが出来るのが理想ですね。

 

他にも色々あった気がしますがまとめきれません。
色々我慢しようとして休むことが苦手な性格に拍車をかけようとしている気がします。
家事は全くしてないけど何となく有意義な一日でした。

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