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末期状態

 

カウンセラーから非常に危機な状況にまでなっていると言われてから1ヶ月ぐらい。

自分自身の今の状況を、わたしは末期状態だと称しています。

あながち嘘ではないと思う。

 

それまでの過程を少し記しておきたいです
ついこないだも記事に書いたばかりなので、ほとんど被ってるのかも
言葉にすることで頭を整理することが目的だから、別にいいか。

去年の4月から、自由になりたくて、そして子供の物心がつく前に”わたし”という存在を隠したいと思った。

だから、子供と離れたい、1人になりたい、離婚して親と絶縁したいと切り出した。

親と絶縁して遠くへ行く事は、婚姻関係を続けていく上で居場所もバレているし非常に困難。

家族で離れることが一番理想だった。当時はまだ育児をしていたし、上の子だけ保育園へ預け下の子だけ毎日面倒を見ていたし、その上で家事もまだ何とかしてた。
でも、虐待の連鎖が怖かった。
自分と向き合い脳内親を消すためにも、物理的に親から離れたかった。
当時はまだ連絡も頻繁にきていたし、口実を作っては会うことを強要(断れない状況に)されていた

少しでも理解して欲しくて”毒になる親”を夫に渡すも、読んではくれなかった。
自分がされてきたことを虐待だと認識して子供にはしないようにする、という努力もわたしにとっては尋常ではないものだった
それも、理解されなかった。
「なんで?せんだらええだけやん。」の一言で済まされた。

そこから、一人暮らしで離れるか離婚を選択して欲しいとお願いしたけど、受け入れてもらえなかった。

5月から一ヶ月ほど、ものがほとんど食べられなくなりずっとウィダーインゼリーを摂取するだけの生活が続いた。
産後どう頑張っても落とせなかった体重が産前以下まで一気に落ちた。しんどかった。

6月に一人旅の許しをやっと得て、2、3日で決めて衝動的に一人旅に出た。2泊3日の短いもので、気晴らしというよりは「これでも何も得られなかった」という気持ちが強く、帰るときにはうつ状態がひどくなった。次の日親が家に来るという約束があった、そのため旅行中も連絡がひっきりなしだったのも原因だったけど。

あかん、回りくどすぎる。

9月に自己肯定感をどうにかしようと思ってコンプレックスを少しでも減らす為に学校へ通って高卒資格を取ろうと思った。

その為には親に頭下げてもいいと思った。

それを夫に話したところそれどころじゃない、職がなくなる(家事育児出来なくなったわたしのせい、全て負担してくれてた)、退職じゃないから手当ても出ないということでもううちの親に頼ると言われた。

お金関係が親子関係に於いて一番地雷なのを知ってて。

そんなぐらいやったら夜の仕事でもしたらええんかって喧嘩腰に言ってしまったところ、メールで稼いでくれるならありがたいけどと言われたので肯定と捉えその日に体験に行って仕事してきた。

すると今度は「俺の許可もなしに何で勝手に働いてんの?」ってキレ出した。

そこから9月中旬から体験を始め、夫が思ってるような仕事じゃないこと、店の女の子を見ていることが、感情を出すということの勉強になること、息抜きになることなど話して、黙認してくれるようになった。

10月から本入店。

元々うつで寝たきりだったのがいきなりフルで働くようになって、無茶し過ぎた。出勤不安が酷くなり、でも今までみたいにそれで辞めるのはどうしても避けたかった、自分に負けたくなかった、10月後半に自分と向き合う目的で3日ほど入院。

カウンセリングも診察も受けられなかったけど、今まで忙しく疲れて向き合うことすら出来なくなっていたわたしには結構な気晴らしになりました。

出勤不安で2度ほど休んだけど、11月まで持ち堪えた。

ただ、寒さに弱く季節性うつっぽいのもあって体調は悪化する一方だったので、12月いっぱいで退職を決めたけど、そのまま引き止められてズルズル2月まで在籍だけしてたまに出勤させてもらっていた。

お店の女の子との出会いは本当に貴重で色んな話が出来たし、お友達にもなれたし、お店にも本当にお世話になった。
そして、今までギリギリで生活していたため自由に使えるお金というのがなくて、自分で働いて稼いだお金を自分で使えるということは自己肯定感に繋がっていたと思う。
実家にいるときは給料も全部把握されて監視されてるような感じだったから。

12月末で一応一旦辞めた形になり、そこから1週間ほど寝込んだ。風邪が悪化していたのもあるけど、完全に燃え尽き症候群。

これからどうしていけばいいのかわからない。
自己肯定感が少し満たされてる間、躁と鬱を繰り返し、仕事のときは躁状態になるように薬で調整したりしてた。(そのうち必要なくなった)
そのときに、もう一度ピアノに挑戦してみようかと思った。
過去に縛られた原因であるピアノだけど、だからこそ今自分の意思でもう一度始めてみるのはいいんじゃないかってレッスンに通い始めた。

今、レッスンは行けなくなってほとんど休んでいる状態。
そもそもピアノに触れてない。
練習をするエネルギーがない。
病院も、2回に1回ぐらい休んでいる。

去年の9月ぐらいに実家には内緒で、産みの母親と二人で会った。
今までのことを話して、本当の理由を聞いたりして、憎めなくなった・
今度は憎む先がなくなってしまった。

幼少から思春期に実家から受けた影響はかなり大きいし、未だにトラウマも多い。
だけど、カウンセラーはどうしても産みの母親に置いて行かれたことを原因に誘導しようとしている気がする

そんな中で、2月に、遂に自分のインナーチャイルドが爆発した。
きっかけは些細なことだったけど
本当はわかってた、ずっと蓋をしてた。
これを開けてしまったら、わたしはもう生きていけないと思った

その中身は”寂しい”、”置いていかないで”という感情

即座に蓋をした

とまあ何だかんだあって、今は廃人のように過ごしたり、かと思ったら急に遊びに出たり、自分でもコントロール出来ないような生活をしています。

これから先のことを考えて、子供と離れるにしろ何にしろ自分は仕事をして自立をしなきゃいけないんだろうなあという考えに捉われては勇気もなく

夫の協力のおかげで親と会わない、連絡を取らないで済んでいるんだけど、
わたしに直接連絡をしないという約束もお酒のせいにして破られたり。

とにかくここから逃げたい

この状態から脱出したい

これだけ甘えさせてもらって何をほざいてるのかと、また自分で自分を責めるだけになるのだけど

ここにいれば、母親という役目に戻ることをずっと期待されているプレッシャーから、離れられない。

だけど結局は一人で生きられないから、どうしようもなくて

そんな感じでずっと堂々巡りです。

ずっと、逃げることか戦うことを選択しては失敗を繰り返してきてるとカウンセラーさんに言われてなるほどなあと思いました。

かと言って他の選択肢なんて思いつかないし
何をするにも自分で自分の責任を取るということが出来ない
一人の社会人として生きられない

自分と向き合うことから逃げている
すでにもう、病気が治るとも、治そうとも思えなくなってしまっている、そんな状態です。

色々長々と書いてみたはいいけど、やっぱり結局何にもまとまらなかった。

見捨てられ不安が触発されたとして、その相手には何の責任もない。
見捨てられ不安という感情はわたしのものであって、他の誰かが背負うものじゃない。

それでもどうしても辛いなら、やっぱり死を選ぶことが一番楽なのではないかと

思いつつも、今死ぬことはどうしても出来ないんですけどね。

取り敢えず、自分でもわからないけど感情っぽいもののツイートを適当に拾ってきた。

真相はここなんだろうな。

ただ垂れ流していても何も整理出来てないし解決するわけない。苦しい。ここらでやめる。

悲しみという感情

悲しみとは何でしょうか

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喜怒哀楽の哀がなかなかスコーンと抜けている感覚がします。
涙を出すのは腹が立つとき。
悲しいよりも、何か要因があって悔しい、腹が立つ。
ネガティブな感情ってそれしかなくて。
「ただ悲しい」というのが解りません。

感情には全て理由や理屈がついていないといけないと、思っているのかも。

 

「お前はほんとに冷たい子」
母によく言われました。

実家の犬が死んだとき、悲しい振りを精一杯しました。
涙は出ませんでした。

母にどう思われるか、冷たい子と思われないために涙を流さなきゃいけないのか、精一杯考えました。

でも違うんです。犬がいなくなることについては、何も考えられない。
麻痺してるんです。
どちらかというと犬を大事にし私の予定も感情もないがしろにしてきた母に、同情を寄せたり犬のために泣いたり出来るわけありません。

それでもわたしは当時の日記に書きました。母が見てるわけでもないのに。

犬を好きになれば母が喜ぶと思っていましたから、小学校から犬好きは公言してきました。

泣くというのは、いつも悔しいからでした。
怒っているという感情をないがしろにされ否定されたとき、泣きました。
好きだった音楽の先生が亡くなったとき、葬式にも行かせてもらえないことが悔しくて、泣きました。

こうやって理由も、いつだって世界の中心が自分だから
冷たいと言われても仕方がないのだとそう思ってきました。

本当は誰より家族を想い仲介役に奔走して顔色を伺っているのに、冷たい子として演じてきました。

涙を流すのは恥ずかしいこと。
笑われること。

いつしか映画を見ても素直には泣けなくなりました。

悲しいって、何なのでしょう。

悲しい=自己中心的で誰かの同情を誘うこと
そういう風に植え付けられている気がします。
こういった損得がなければ、感情など存在しないのではないかと、そう思ってしまいます。

続きます。

最近の傾向

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イライラは相変わらずですが

毎日のようにtwitterで垂れ流していた親への怨念、
遂にネタ切れか?と言った感じになりました。

とても気分がスッキリしていて段々どうでもよくなってしまったり。

これは解毒が終了したのか?とも思いました。

ここ一週間ぐらい、ずっとそんな感じだったんです。

今の自分は親からも物理的に接触は少ないからよくなっている?

ただし罪悪感を煽られながら連絡してこいと責められるのも時間の問題

親のことを考えることがなくなった

考えるのが怖くなった?

マイナス、ネガティブtweetが減ったように思う

そう思ってるだけ
見捨てられ不安が強くなってる、もしくはなくなっている

誰とも関わるのが嫌になってきた、気を遣えなくなった

見捨てられ不安が減っている、回避傾向か?

楽しいことを考えたい

常に誰かを傷つけている気がする

 

催眠療法でインナーチャイルドを癒しても、それは母親ではなくただの自分の意識なんだよな。
本当にふと浮かんだというのが正しいんだけど
「経済的な土台があれば、あなた達を連れていってあげられた、ごめんね」
と言われた。

わたしは自分の子供を手放すことを重ねていたように思う。
わたしならそう思う、という直感。

現実は母は別の男と長男だけ引き取り同棲して、
わたしたちは母の実家に預けられていた。
離婚しているのに母方の実家で父と住んでいたみたい。

それなら父を追い出し実家に住むのが普通だろうし、何の言い訳にもならないでしょう。
辻褄が合わない。

こんなものでは納得出来ない。

勿論あなたに連れていってもらったところでわたしの人生が幸せになっていたとは思えない。

カウンセリングを受けてからしばらくは、高いお金を払ったのにまた無駄にしてしまった。成果が一つもなかった。と凹んでいた。
ぼったくりだって言われたし、わたしだって本当は解ってた。

藁にもすがりたい気分だったんだ。

検査しようにも拒否される、病気の症状もまともに聞いてくれない
どこの病院に言ってもあなたは普通です、病気じゃないですと言われる

どうしてこんなに生きづらいの。

わたしが甘えてるから?

わたしが怠けているだけ?弱いから?

 

だったら、もう考えるのはやめよう

そうして、また感情と思考に蓋をしてしまった気がします。

親のことを考えるのはもうめんどくさいし、このまま関わらなくていいならそれがいいなぁ。
ただし「他人は他人、自分に介入することは出来ない」という線引きが急激に出来てきて、親があまり怖くなくなった。

「どうしてそんなに気を遣う子になっちゃったの?」
と散々言われたので少し気を遣うことを辞めただけで
「せやな、あんたほんまイライラしてるもんな」
とぶつけるように言われました。産後のせいにして。
自分が相手をイライラさせるデリカシーのない発言してることは全く気付いてない。

わたしが今まで我慢していた本音を出しただけ、ということに全く気付いてない。

でもこの調子でいけるなら、私はもう親に気を遣わなくていいんだな、という感じ。

でも、罪悪感を煽られたら、また元に戻ってしまうんだろうなあ

やりたいことばかりが浮かんで、とても前向きにあれしようこれしようって思えていたのは、単純に生理周期の問題だったようにも思えます。

思うだけで行動に出来ないから、どんどんまた自責のループに走るのですが

2歳と0歳を連れて買い物に行ってご飯を作り
保育園の送り迎えをしてご飯を作り
毎日それだけの作業を3日間ほどしただけで、一気に体調を崩しました。
風邪をひいても1日で治らないなんて初めて。
どうしても休めないと言われた仕事も休んでもらってしまいました。
わたしはなんのためにいるのだろう。とんでもないクズですね。
家事が出来ないどころか、働いてくれている夫の足すら引っ張る

こんな簡単なことでさえ出来ない。

こんな簡単なことでさえ、わたしには出来ないんだなあ

自分の気持ちが解らなくなってきました。
毒親という単語そのものに、嫌悪感を抱きそうです。

 

消えたい

ただの風邪なのにどうしてこんなに痛くて苦しいんだ、死なないんだ

幼児退行療法

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ということでインナーチャイルドの記事を書いてから催眠療法行ってきました。

長時間コースの半分ぐらいはカウンセリング。
リラックスが大事ということでハーブティーをいただいたりしながら今までの経緯などざっと話しました。
Twitterに登録して解毒に向かって色々考え始めて4、5ヶ月ぐらい。
その総集編みたいな感じで一気に話しながら、自分の中で整理していた感じ。
取り敢えずの目標が、愛着問題について。
むすめのことについて。

ちょっとテーマが多すぎるので、そこに絞りましょう、ということで
産みの母親のこと、自分の小さい頃のことなどに絞って催眠開始。

 

期待しすぎてた感があったのか、
自分が元々催眠等を信じてなかったのもあって
自分の意識ははっきりしているし、何かを考えようとしてしまうし、奥底からの記憶とか、そういうのは感じなかったなぁ。

ただ直感で答えられる部分はありました。

始めはよくわからない絵本のような場所から始まったんだけど、何となく静止画のような、絵画のような。
そこから広げようとしたけど何となく違って、やり直しのように戻っていったんだけど、テレビの中の映像だったな、と思って

真っ暗な部屋でテレビを見てる風景になってきて。

あーここおばあちゃん家だなーって。
(一番古い記憶の場所)

そのまま今の自分を投影して、幼い頃の自分を見る、という感じになったんだけど
幼い頃の自分が明確に出てきて、基本静止画のような感じだったんだけど、幼い自分だけはちょっと動きもありました。
ものすごく嬉しそうに腕をつかんで喜んでいる様子。
自分では勿論見たことのない顔。

まあ、ぼんやりなんですけど。

あと感触とかは全くないです

遊びたそうにしているので遊ぶんだけど
この辺りは幼い自分の姿に自分の娘のキャラをかぶせた自分の意識で動かしている感じでした。

そのまま抱っこする流れになって抱っこすると
小さい自分が我慢しながら泣いてた。

そのまま希望を聞く流れになったんだけど

ここだけは自分の意識じゃない、何か、聞こえてきた、っていう感じでした。
だけど、自分の口から言った、という気もしました。絞り出すように。

事実的にはおそらく、当時親が離婚して預けられてた場所なんですよね。私の一番古い記憶はそこからなんです。
新しい母と再婚して、お母さんお母さんって慕ってた記憶はあるんですけど。

おばあちゃんの家を連想してしまうものは、懐かしいと同時に「切ない、苦しい、怖い」という気持ちになるんですけど
その辺からきてるんですかねえ。

なかなか過去を掘り起こすのって辛くて苦しいです。

その後お母さんに会ってみましょうと言われ場面が変わるんですけど
不機嫌そうな産みの母と2歳ぐらい(これは見えなかった。)の自分
頑張ってイメージしたけど見えないってことはもう何かアレなんかな〜っていう感じ

そこから産みの母の気持ちになるんだけど、どうしても、自分のむすこを見るような目で見てしまい
かわいいとしか思えないとか、普通に一緒に遊んだり、抱っこしたり。

その後急に勝手に場面が変わって(これはちょっとびっくりした)外で兄弟と産みの母が遊んでいるシーン
わたしはおばあちゃんに抱かれてまだ歩くことが出来ないレベル

いつもいつも輪に入れなくて一緒に遊べなかったというのが辛かったのもあり
何故か自分も年齢を上げて輪に入って遊ぶ

ほぼカウンセラーさんの提案なのでついていくのが精一杯という感じでした。

あと、母が自分のことをかわいがっていた、というのをねつ造した気しかしなくて、この辺りからめちゃくちゃ苦しくて、逃げたかった。もうやめてくださいって何度も言いたくなった

後は自分が今の成長した姿になり産みの母と会話してみましょうっていうんだけど
2度ほど会っているのでその印象しかなくて。
不満をぶつけろって言われても何言っていいか解らないし何も思いつかず、適当になってた

わたしはあなたを連れていってあげたかったけど、土台が作れず連れていってあげられなかった。本当に申し訳ない

といったことが理由になっていたけど(直感でそう言われた)

事実産みの母の母親(おばあちゃん)の家で育てられていた時点でそれはないわな・・・

何となくその直感がな、自分の経験だった気がして。
自分の身の回りの人とも潜在意識は繋がっているとは言われたんだけど、そういう感じじゃなくて、すごいデジャヴ感じたんですよね。

わざわざセラピーに行って否定するのも微妙なんだけど
あと、それは現在ある意識で考えてることだから、って言われてしまうんだけどな…。

うーん…。

 

例え産みの母がわたしのことを好きで産んで愛していてそれでも手放さなきゃいけなかった理由があったとしてもわたしはそれを許す必要はないんだけど。
何となくそういう方向に持っていかれた気がしたのが、すごくもやもやポイント。

いっそ自分が覚えてないところで虐待でも受けてたとかなる方が自分は楽になれたと思う。

母親はこんなに愛してくれていたのに、わたしは子供を愛せない、という結果になってしまった。

最後に今度は自分の娘をイメージして娘と対話することになった。

抱っこして、話して。
これはもういつも通りのイメージだったから、催眠というより思い返してる感じ。

ただ、娘の意識になったとき
お母さんにどうして欲しい?と聴かれて

「そのままでいい」

って言われたのも、これまたどこかから聞こえてきた感覚だった。

この二つだけは本当に自分の意識じゃなかったなぁ、と思った。

そのままじゃあかんやろwwwてゆうてもーたわ

 

その後もう一度振り返りながらカウンセリングみたいなのをしたんだけど
愛情、愛、好きって言葉を使われる度にあまりに微妙な反応をするので言い換えてもらいました。笑
そして好きって言えないのは、もうそれでいいんじゃないか、と言われました。

生物学的にももう間に合わないっていうことはまだまだないし、
好きと言わなければならないというプレッシャーがあるならわざと言わなくてもいいんじゃないか、という感じ。

ただ、母にかわいがられてたということは忘れないでくださいって言われました。
ここだけが(ここが本題なんだけど)どうしてもどうしても受け入れられません。

ただカウンセリングは色々とタメになった気がするし
とにかく母親とかよりも”父親”そのものにとらわれすぎているということがよく解りました。

後はものすごく未来志向だということ。
こんなに過去振り返ることが好きなのに、そういえば先をよくするためのことしか考えてなかった最近。
この辺りも親の影響でもあるんですけどね…。

後はやっぱり自分でよく解ってる、と言われてしまいました…。
解っててもどうしたらいいのか全然解らないから、意味ないんだよ…。イライラしてしまう。

今回のカウンセリングとセラピーの結果をまたまとめて送っていただけるそうなので、そのときにもまた感情を整理出来たらいいな。

今回のことを信じる信じないもわたしの自由だろうし
どちらかというと自分の希望だったんじゃないかっていうのと
やっぱり催眠が効いてたとは思いづらいということ。

何となく色々あってしんどい。

余計に、どうしていいか解らなくなった。

おそらくフォロワーさんのように、人前で泣いて幼児退行出来た、とかそういうのがある人はめちゃくちゃ効くのかも知れない…。
効く効かない以前にわたしは恥ずかしさとやっぱりダメなこと、という気持ちが強くてセラピー中も苦しくて苦しくて、雑念ばかりという感じでした。

ただ幼稚園に入る前から親を求めながら親を求めちゃいけないって本能で悟って我慢していたんだなぁ、というのは嘘じゃなさそうだな〜〜〜。

どの感情をどう処理したらいいのか一切解らない状態です。

悪化しとるやないか!笑

 

ーー追記ーー

そういえばわたしが産みの母に抱っこされたりした記憶って、おそらく流れ的にも「最期の日」だったんですよね。それも説明したんですけど。

だからこそかわいいのに、とか色々思えたという可能性もあるんですよね。

人柄自体はもう解っているので、今更という感じです…。

インナーチャイルドについて

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インナーチャイルドって言われてもピンとこない。

自分の奥深くにいる小さな頃の自分
(これは自分でなくてもいいらしい)
そう言われても想像出来るのは小学生ぐらいの自分なんだけど
その頃から自分は変わってはいるけど成長した気はしないし
今の自分そのまんまなので、インナーチャイルドっていう気はしない。

というのは置いといてこれをインナーチャイルドとした瞬間
抱きしめてあげる、癒してあげるなんてとんでもない。
何度もTwitterでは言ってるけど
わたしはボコボコに殴りたい
お前がうまくやらないから親に嫌われたんだ
お前がうまく出来ないから、普通じゃないから親に世間に怒られるんだ。
あと見た目が気持ち悪い。
小さい頃の自分を大人になって愛せなんて無茶だ…

物を制作してる人とか(絵を描いてる人とか)この単語がわかりやすいかな、
全てが黒歴史なんですよ。
生きてきたこと全てが、絵を描き始めた頃のものを今晒すような、黒歴史。

子供だからって許されない
子供だからって無条件に愛されない

他の子供はみんな普通にやってる

みんな上手くやってる

愛するとか抱きしめるとか、よく解らないです。

 

あと子供らしく遊ぶとか、童心に返るとかもわからない。

未だにこれが抜けないし、むすめと遊ぶのも恥ずかしいことって思うことばっかり。
むすめ自身をバカにするわけじゃないけど、むすめ自身も変にませてるし(これはわたしの影響ではなく元からだと思う)
余計に何となくこの気持ちが抜けない。

姉はわたしと違って全力で子供と遊んでるんだけどなあ。

取り敢えず今の自分のインナーチャイルドってイメージは、こんな感じ。

愛着障害について

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愛着障害に身に覚えありすぎて診断テストやってみた。

安定型0って………0って………(絶望感
不安型20に回避型が9。

こちらの記事を読んで夫との関係にデジャヴを感じて
夫にもやってもらいました

あなたの診断スコア
A 安定型 13
B 不安型 7
C 回避型 9
15以上 非常に強い
10以上 強い
5以上 無視しがたい要素

あなたのタイプは・・・・
安定-不安型
安定型スコア>不安型スコア≧5
愛着不安の傾向がみられるが、全体には安定したタイプ

以外に不安型も回避型もあるのね。

夫は比較的ごく普通の家庭でごく普通に育った人なんですが
そういえば昔の話を聞いていれば
中学の時は明日が来るのが嫌で朝方までネットゲームしてたり(日本語打てない時代…
今も友達という存在がほぼ皆無で仕事の付き合い以外の飲み会は一年に一回あるかないか。
仕事の飲み会は年に2、3回、といったところ…
少なからず何かあるのかなあと思いますが、夫自身わたしに話すことで消化してるのか
俺そんなこと言ったっけ?と言い出すレベルで覚えてないみたいです。

話は逸れましたが愛着障害関係なくこのパターン繰り返してるだけなのかなあ。
少しずつ少しずつ変わってくれているので、わたしの依存先はずっと夫のままですね。

他の記事も読ませていただいたところ
愛着障害の原因となる内容

・幼いころに親に捨てられた
・親と死別した
→親と離れ離れに暮らさなければならなかった
・親から放っておかれたり虐待された
→親の離婚や喧嘩を目の当たりにした
・親が自暴自棄なふるまいをしたり自殺を図ろうとした
?再婚などにより親の愛情が他の存在に奪われた
・親が自分よりも他の兄弟ばかりを可愛がった
→親からいつも否定された
→親の都合や期待ばかり押し付けられた

他は確かめようがないからわからないんですが、
自分の愛着障害の深さを考えるととてつもない闇を感じます。
あってもおかしくない環境というか。
(この本も読んでみよう…)

初めての妊娠から家事がほとんどまともに出来なくなり、
産後うつになってもはや動くことすら諦めているのですが
自分勝手でそれなりに自由奔放にしていたりするので自分の正当化に必死な日々でした。

どうせ動けないならこのわがままを正当化せず癒しに使えたらいいなあと思います。
夫や子供たちが受け入れられる範囲で、になってしまいますが。

幼少期というよりは小学生のときなんだけど
子供らしくあること、を封印されていたように思います。
ただでさえ一番下で周りにもいじめられやすい環境にいたので、
とにかく”小さい”ことを理由にバカにされ続けていたんですね。

昨日から親にされたことなど
不幸にする親の典型的な12の手口を読みながら少しずつ書き出していたのですが
考えられる影響を見ても、わたしが常に憤って語り尽くしてきた内容は影響がそこまでひどくない。
何度読んでもあまり意味が解らない最後の方の項目などは影響をモロに受けて今深刻におもっているものが多いのですが、何も思い出せなかったりします。

多分エピソードではなく普段からあった暗黙の了解や、バカにされ続けた態度など日常に問題があったのかな、と。

結局は自分という人間が受け入れてもらえなかった、全てはここから始まっている気がします。

12の手口やらについてはまた今度…。

今日出来たこと

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  • 色々なことに気付けた
  • 結果少し自己分析に積極的になった
  • 風呂に入れた
  • いっぱい食べた(食べ過ぎた)
  • むすこと結構いっぱい遊んだ
  • 怒鳴る回数がかなり減った
  • 焦っていることに気付いた
  • 塗りたかった絵に着手した
  • 言葉の間違いを恐れずに使えた
  • Twitterだけど数人とやり取り出来た
  • ちゃんと電話を取って感情をコントロールしながら喋った(あとで爆発したわけですが)

当たり前に出来ることでもわたしにとって当たり前じゃない。
特に風呂は死ぬほど嫌いです!
そりゃ風呂嫌がるむすめに怒る資格ないわ。

いつもは傷つけてしまうのではないかと怯えてまともに返事が出来ません。
(傷つけることが怖いのではなく、自分のプライドが傷つくのが怖いのかも)
だから、ふざけて返せるものは返事むっちゃ早いんですよね。
最近はよく逃げてしまいます。ごめんなさい。

気付いたことなど。

 

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ブログを初めて早速なのですが壊れてしまいました。
薬が効きすぎたのか、自殺の”疑似体験”という文字を見て早速試してみたり。
知識がないので効果があったのかどうか解りませんが。

精神科で「君は薬でぼーっとすると自傷に走るタイプだから投薬はやめておくね」って言われたのを痛感します。

ここ2日ほど自己肯定感が皆無になり、
ひたすらイライラする、怒鳴り散らす、落ち込むを繰り返していました。
毒親からの体験を思い出そうとしても全て私の被害妄想だったのではないか、親は間違ってなかったのではないか。
私がどうしようもないクズだから親は厳しく躾るしかなかったのではないか。

ずっとこんな感じでした。
(イライラは収まっていません)

今日一番嬉しかったのは夫がこのブログを読んでいたこと。
もはや興味なしと思われていると思っていたので、少しは毒親育ちのことに興味を持ってくれたのだなあ、と、まずはそこ。
そして前記事に追記した毒親の概念を「間違ってない」と背中を押してくれたこと。
これは”洗脳”を受けてきたアダルトチルドレンにとってはかなり大きいことです。

気圧の低下のせいか午後3時頃まで意識を保てずほとんど寝ていたのですが、そこから調子がよくなり
Twitterを眺めていると色々なことに気付けました。

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むすこを”紛失”する夢見た。親と同居してて親に隠されてた。探す暇を与えられない。
2015/02/26 7:48
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親と住んでて、親と出かけてて、気付いたら息子がベビーカーごといない。上の子のためにも親の為にも急がないといけなくて息子を探しても探してもいなくて諦めるしかない。息子がいないから探して、って言えない。数日間そのまま。息子に持たせていた「証明するもの」が毒母がよくわたしのケータイを→
2015/02/26 8:37
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隠していた引き出しから見つかる。息子を隠しているのは親だと確信する。隠してる、生きてることを知ってるから命がなくなっても慌てないのか、と妙に納得。返してもらう前に起きる……………(白目
2015/02/26 8:38
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色んな恨みと被害妄想が凝縮された夢。
2015/02/26 8:40

自分が見る夢って大体親関係か仕事か学生時代しかないんです。
仕事は必ず働き始め。長く働けたことがないため。自己肯定感が低いためにすぐ自分は必要ないと思い怖くなって辞めてしまう。
学生時代は必ず卒業か入学してます。
高校に通えなかった、卒業出来なかったことが自分の思ってる以上にコンプレックスなんだなぁ、と初めて思いました。

子を産んで2年半ですが、子供が夢に出てきたことは2回ほどしかなく、いつも恐ろしいぐらいに存在が消されている。
今は子供のこともものすごい不安に思っているということなのかな。

(因みに夢占いは信じたくないタイプです…)

次に解毒を始めて色んな方のツイートを見て感じる違和感。
幼少時はむしろ親が間違っているのを理解してたのではないかな、と思います。
だから常に反発してたのかも知れない。それが更に厳しい躾に繋がった。
年をかけて30年近く経った今やっと”親が世界”というものが確立したのではないかな、と。

 

最近になって初めて親が世界ということに気付きました。
どうしてこんなに親が怖いんだろうって思ってたけど、そう思うように育てられてるんですよね。感情も思考も全てコントロールされている。

まだ全部読めていないのですが、解毒ノススメさんより「愛着障害」抜粋:愛着スタイル

この抱っこからすべては始まる、の項目で止まってしまっています。
抱っこ自体に少し嫌悪感があり、子供をあまり進んで抱っこ出来ていないということに気付きました、理由は解りません。
想像通りあまり抱っこされていないのか、毒からのべたべたした都合のいいときのみ機嫌を取るように体を触ってくる一方的なコミュニケーションが嫌だったからか、あまり「目的(?)」のない肌の触れ合いが苦手だったりします。
と、最近気付きました。

毒親関係などこういうものを読めば読むほど子供としての視点ではなく今現在母親としての視点で読んでしまい
情緒の発達に一番大事な時期に病んだり大事に出来なくて、わたしはむすめの人生を奪ってしまったのではないかと落ち込みます。
でも、どうしようも出来ないんです。焦ります。

インナーチャイルドを癒すのが先なのか、でも子供にとって情緒の発達に大事なこの瞬間は今しかないので、自分自身の問題など後回しにしてひたすら我慢するしかないんじゃないか。

そう思ったところで、ああ、わたしは我慢してるから爆発するんだな、とも気付きました。
(ただし解決策があるわけじゃない…。)

うーん、長い。全然まとめきれない。

そしてたまたまRTでまわってきた「子供にとっての親は絶大、本能的に愛しているものだから、信じて欲しい」という内容。
罵声を浴びせながら子供に嫌われる不安からまたべたべたしてみたり、態度に一貫性がない。
その態度に子供は困惑する。
わたしの母親はまさにこんな感じだったし、わたしも今まさにこんな感じです。

子供を産もうと決めてから「何があっても子供の言うことを信じる」とACであることは無自覚に思っていたのですが
愛情を信じる、という発想はありませんでした。
わたしは始めからむすめの愛情を信頼出来なかった。
だから抱っこを求められても抱っこ求めてる筈がないと思い込んだり(実際抱っこだけで泣き止む子ではありませんでした)
今でもすり寄るような態度をしてしまいます。

残念ながら自分が幼少期にどんな環境で育ったか記憶もなければ、養育者が変わっているので聞くことも出来ません。
連絡をとることは可能ですが、離婚、再婚話は物心ついた頃からタブー視されています。(これも一つの毒要素だな…)

まあ、普通の環境ではなかったんだろうな、というのは確かです。

最後に今日最大の気付きが、
老いた親が弱ってすり寄ってきてる、ということです。
これは完全に介護を求められるパターン。
プライドの高い両親共に介護施設に入るわけがなく、
何をしても大義名分さえあればすぐ業者を追い出したり揉めたりしてしまう親を見ていると、
他人に迷惑かけたくなさに我慢して介護の道を選んでしまいそう…

正直そうなると、弱った親をどうにかしてしまいそうです。

今極端に絶縁するかしないかの2択しかないと思っているのですが、
絶縁しないなら毒になる親の本の最後の方にある「感情を自己でコントロールする術」を身につけなければならなく、それはそれで我慢の連続だよなあ、と思っています。
感情を自己コントロール出来るようになったとしても、介護となると別の話になるのではないか、と。

やっぱりそれまでには絶縁、物理的に距離をとることが出来るのが理想ですね。

 

他にも色々あった気がしますがまとめきれません。
色々我慢しようとして休むことが苦手な性格に拍車をかけようとしている気がします。
家事は全くしてないけど何となく有意義な一日でした。

毒親チェックリスト

 

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こちらから引用させていただいています。

 

ダン・ニューハース『不幸にする親 』より

 当てはまるもの紫色、疑問なもの薄い緑、当てはまらないものは文字背景をいじらない形にしてみました。

  • あなたが子供のとき、
  1. 親の言うことに疑問を投げかけたり、同意しないことは許されなかった。
  2. 親から過剰な期待をかけられたり、自分には達成できないようなことを基準にされて、強いプレッシャーをかけられた。
  3. 親が近くにいると緊張して神経がピリピリした。
  4. 親に矛盾することを言われたり、意味が曖昧でよくわからない規則を押しつけられたりして、頭を混乱させられることが多かった。
  5. 親に励まされたりほめられることはほとんどなく、けなされてばかりいた。
  6. 親のまえで怒り、恐れ、悲しみなどの感情を表すことを恐れた。
  7. 親に怖がらせられたり、バカにされた。
  8. 親にうまく操られて、やりたくないことをやらされていた。
  9. 無性に悲しくなったり、不安になったり、傷ついたり、必要としていることが奪われた気分になったり、腹が立つことがよくあった。
  10. 家族の間に愛情の通う温かい雰囲気がほとんどないと感じていた。
  11. 本当の自分でいるより、親を喜ばせたほうが報われた。
  • 過去を振り返ってみると、あなたの親は、
  1. あなたの考えや言うことが自分の望む通りになるよう、指図してばかりいた。
  2. あなたの食事、睡眠、服装や髪型などの身づくろいについて、異常に細かく詮索した。
  3. あなたが学校、仕事、友人、恋人などを選ぶ時に、いちいち介入した。
  4. あなたのプライバシーを侵害した。
  5. 言う通りにしないと親子の縁を切るといって脅した。
  6. 機嫌をそこねると、愛情を与えてくれなかった。
  7. あなたのことを「バカ」「醜い」などとののしった。
  8. あなたを身体的・性的に虐待したり、またはそれらの行為をほかの者がしても手をこまねいていた。
    例えば全裸の写真を幼児のときに笑いながら撮られて、嫌がったら子供のくせに!とこちらが怒られた。
    人からすればこれは性的虐待になるらしいと言うのを最近Twitterで初めて知った。トイレ中の写真を撮って人に見せびらかしたり。
    性的虐待って「行為ありき」のものだと思っていた。
  9. いつも自分が人から注目される中心でいたがった。またほとんどの場合において、すべてを支配したがった。
  10. 世の中のさまざまなことについて、いつも「正しい」「正しくない」と決めつけた。
  11. 人間的な感情を受け入れず、避けるべきもの、無視すべきものとして扱った。
    よく解らない。高校を決めるときに(まあ親が決めたところ意外ダメと元々選択権なかったんだけど)、友達が行くからそこへ行きたいなどという理由はダメだって言われたりしたけど、そういうことが近いのかな。
  12. 完全主義、ストイック、あるいはいつも何かに追い立てられて行動しているように見えた。
  13. 自分の誤りを認めようとしなかった。
  14. 清潔であること、秩序正しいこと、物事の詳細、規則、スケジュールなどに対して、強迫観念的といえるほど異常にうるさかった。
  15. 自分が批判されることに対して異常に敏感だった。
  16. あなたや他の人に苦痛を与えているのに、そのことに気づかないようだった。
  • あなたの親は彼ら自身、
  1. 子ども時代に大きなトラウマを体験していた。
  2. 家系に身体的虐待や性的虐待をした人や、精神障害、アルコールや薬物の依存症の人がいた。
  3. 親から過剰なコントロールを受けて育った。
  • あなたは大人になってからよく、次のように感じることがある
  1. 完全主義的で、いつも何かに追い立てられているような気がしていて、めったに安心したり満足することがないように感じる。
  2. まわりにだれもいない時でも、だれかに見られて観察されているような気がする。
  3. 他人をコントロールしたがる人間がいると、すぐ反発して腹が立ったり、または逆に怖じ気づいたりする。
  4. 人との関係(主に男女の関係)で、相手に依存するのはゾッとするほどイヤだ。
  5. 自分が育った時の体験のせいで、子どもを作ることに強い抵抗感を感じる。
    子供を二人も産んでから気付いた。
    それまでは反抗心から毒親には絶対作れないような普通の家庭を作ってやる、と思っていたのでコントロールされていたことは確か。
  6. 気分がふさぎがちで、むなしさや不遇感などを感じる。
  7. 本当の自分を知っている人はあまりいないように思う。
  8. 喜怒哀楽などの強い感情が起きたり、心の平静を失うことを、恐れている。
  9. 普通の人が子ども時代に体験することの多くが自分にはなかったように思う。
  10. 自分が批判されることに対して過剰に敏感である。
  11. 自分は今どういう気持ちなのか、どういう気持ちであるべきなのかについて、よくわからないことがある。
  12. 他人のことをすぐ決めつける。
  • さらに、大人になってからのあなたは、
  1. 人と対立することが心配で、そういう場面を心に思い描いてくよくよ考えることがよくある。
  2. 優柔不断で、何かを決めることがなかなかできない。
  3. 人との関係ではいつも他人のニーズを優先してしまい、自分を見失うことがよくある。
  4. 自分に合った信条や人生観を見つけることに困難を感じる。
  5. リラックスしたり、笑ったり、自然にふるまうことが苦手。
  6. 異性との温かい肌の触れあい、愛のあるセックス、仲むつまじい関係を持つことがなかなかできない。
  7. 人からほめられても言葉通りに受けとめることができない。
  8. 摂食障害(拒食症や過食症)やアディクションがある。
  9. ストレスが原因の健康障害があり、いつも疲れていて燃えつきやすく、慢性的な身体の痛みがある。
  10. 仕事や人間関係で、自ら立場を悪くしてしまうことが多い。
  11. 他の人には自分にない自信があるように感じる。
  12. 親しい人の愛情を試すようなことをする。
  13. 友人や配偶者、恋人などに対して、加虐的になったり、コントロールしようとしたり、非礼な言動をする。
  14. 他人は自分を傷つけたり、利用しようとするに違いないと思う。
  • あなたは大人になってから、親のことで次のように感じることがよくある
  1. 感情的に親から離れるのに長い年月がかかった。
    現在進行形
  2. 親を訪問したり話をするのは自分から望んでのことではなく、義務感からであることのほうが多い。
  3. 親は本当のあなたを知らない。
  4. 子ども時代、あなたの家にはさまざまな問題があったのに、親はあたかも何事もなかったかのようにふるまい、さも楽しい親子関係があったかのように言う。
  5. 親を完全に喜ばせることは不可能だ。
  6. 親は自分(たち)の言動がどれほど強い影響をあなたに与えたかをまったく理解しない。
  7. 親があなたに会いに来ることを想像すると緊張する。
  8. 自分が親のように行動していることに気づくとゾッとする。
  9. 親との接触を、一時的に減らすか断ちたい。

 

 以上の65項目のうち、もしあなたが22項目以上(つまり3分の1以上)にイエスと答えたなら、あなたはたぶん、コントロールばかりする親のもとで育った可能性が高いといえます。精神的に比較的健康な家に育った人でも、いくつかにイエスと答えることはあるでしょうが、3分の1にまでなることはありません。不健康で過剰なコントロールをする親のいる家では、これらのことがよりひんぱんに起こり、程度も強く、子どもが受ける精神的・心理的ダメージもより大きいという、はっきりした違いがあります。

けれども、もしあなたがこれらの項目の多くにイエスと答えたとしても、「あなたは問題のある家で育ったので、人間として欠陥がある」ということではありません。それは単に、「あなたは幼い頃に困難な状況に囲まれ、そのなかを生き延びてきた。そのことは今でもあなたの人生に大きな影響を及ぼしているであろう」という意味にすぎないのです。これを理解することこそ、心の傷を癒し、自分の人生を切り開いていくうえで最初に必要な一歩になります。

 

以上が引用になります。 (個人的なコメントも追加しています。)

当てはまらないものが1つしかなく疑問を合わせても4つぐらいしかないという。

Twitterを始めて解ったのは精神的・身体的ともにひどい虐待を受けてきた方々と比べても自分はチェック項目によく当てはまってしまうようで。(比べる行為自体よくありません)

今二人の乳幼児を育てるにあたり、親と同じ”機嫌で育児”をし、まだ暴力や暴言はないつもりですが、無条件に愛を与えるというかかわいがる、などのことが出来ません。
フォロワーさん曰く「愛」というものが過剰になった場合も過干渉など周りが見えなくなったりする危険性があるので「愛情」という単語自体が信用出来ない、というのはまさにそうだなぁ、といつも気付かされます。

結局育児に正解なんてないし
毒親にならないために親の模倣をしないよう意識していたら今度はネグレクトになるし

今のところどうしていいか解らず

理論ではなくただ自分のインナーチャイルドを癒して「あなたは間違ってないんだよ」「親は間違っていたんだよ」と認めてあげることが子供達を救うことに繋がるのではないかと思っています。

状況的にイヤイヤ期真っ盛りで神経を逆撫でされまくっているので(過去にわがままを言えば怒られる、殴られるなどがあったと思われる)
今すぐにでもどうにかしないと、とかなり焦っています。
それがよくないことも一応頭では解っています。

毒親本を読んだり体験談を見て「あるある!」と共感して
自分が悪くなかったんだと気付いても
ネットを閉じた瞬間また私が間違ってた、生意気だった、親が正しかった、という思考に戻ってしまうループ
繰り返しすぎて昨日からちょっとおかしくなっております…。

 

—–追記—–

夫と話したところ祖母から聞いたエピソードを話してみるとそれは虐待やろ…ということで当てはまらないものがなくなってしまいました。

全部当てはまってるつもりやけど本当に合ってるのか不安、被害妄想かも、って言うと
いや、いつも言ってることやから合ってると思うよ、それよりいつも言ってることを全部当てるように文章にしてるこの本がすごい
と言ってもらえて(言葉違うけど多分本意はこういうことだと思う)自分間違ってなかったんだ、と少し安心しました。

わたしACなんだ!と思えた。

毒親という概念

ブログを始めるにあたり自分のことを思い出そうとしました。

幼少のこと、強烈に記憶に残る思春期のこと、毒親という単語を知ったこと、ACとカウンセリングで言われたのか、勝手にそう思ったのか思い出せないけど、その当時のこと。

自己分析が全く出来ていないため自己紹介が出来ず、
ブログを書くことに手間取ってしまっています。

そうしてるうちに本当にうちは毒だったのか、
過干渉だったのか、
全てわたしの被害妄想だったのではないか

証拠なんてなく
自分の記憶が何に於いても全て曖昧で改ざんされている可能性があることをTwitterをしてて知りました。

それ自体はどうでもいい記憶なのですが
毒親へ対する思いなども全て自分の中で思春期に改ざんしてしまったものかも知れない

そう思うようになってきてしまいました。

ちょっと自分の中身を整理したいのですが
乳幼児二人を育児してて頼れるところがなく
夫にメンタルがやばいと訴えてもなかなか「自分のこと」と受け取ってもらえていない気がして
なかなか環境から作ることが出来ません

うちの毒は過干渉タイプの第三者から気付けないタイプなのですが
自分が子供としてふさわしくない、劣っている、だからこそ仕方なかったのかな、という思考の振り出しに戻っています。

出来る限り解毒に向けて認識から、また1から、何とかしてもう一度、始めないといけません