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悲しみという感情

悲しみとは何でしょうか

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喜怒哀楽の哀がなかなかスコーンと抜けている感覚がします。
涙を出すのは腹が立つとき。
悲しいよりも、何か要因があって悔しい、腹が立つ。
ネガティブな感情ってそれしかなくて。
「ただ悲しい」というのが解りません。

感情には全て理由や理屈がついていないといけないと、思っているのかも。

 

「お前はほんとに冷たい子」
母によく言われました。

実家の犬が死んだとき、悲しい振りを精一杯しました。
涙は出ませんでした。

母にどう思われるか、冷たい子と思われないために涙を流さなきゃいけないのか、精一杯考えました。

でも違うんです。犬がいなくなることについては、何も考えられない。
麻痺してるんです。
どちらかというと犬を大事にし私の予定も感情もないがしろにしてきた母に、同情を寄せたり犬のために泣いたり出来るわけありません。

それでもわたしは当時の日記に書きました。母が見てるわけでもないのに。

犬を好きになれば母が喜ぶと思っていましたから、小学校から犬好きは公言してきました。

泣くというのは、いつも悔しいからでした。
怒っているという感情をないがしろにされ否定されたとき、泣きました。
好きだった音楽の先生が亡くなったとき、葬式にも行かせてもらえないことが悔しくて、泣きました。

こうやって理由も、いつだって世界の中心が自分だから
冷たいと言われても仕方がないのだとそう思ってきました。

本当は誰より家族を想い仲介役に奔走して顔色を伺っているのに、冷たい子として演じてきました。

涙を流すのは恥ずかしいこと。
笑われること。

いつしか映画を見ても素直には泣けなくなりました。

悲しいって、何なのでしょう。

悲しい=自己中心的で誰かの同情を誘うこと
そういう風に植え付けられている気がします。
こういった損得がなければ、感情など存在しないのではないかと、そう思ってしまいます。

続きます。